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経営者・管理職とコンサルタント

35年の実績と誠意

今日は何の日 話材からヒントと気づきを

40余年の実績で、皆様と共に歩んでゆきます。

 当サイトと連動し、平日毎日複数本のブログ発信をし、経営コンサルタント歴40余年の独断と偏見から何かを感じ取っていただけると幸いです。
 経営者・管理職向けの記事、それを裏返すと経営コンサルタントなど士業の先生方にも参考となります。 
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 今日の写真
 ■ 【今日の写真】 早春の京都 詩仙堂

 史跡「詩仙堂 丈山寺」 石川丈山は、隷書、漢詩の大家であり、わが国における煎茶(文人茶)の開祖と言われている。
 丈山は、三十三歳で隠退後は藤原惺窩について朱子学をおさめ、駿河清見寺の説心和尚に禅を学び、五十九歳で詩仙堂を造営し、没するまでの三十余年を、清貧の中に聖賢の教えを自分の勤めとし、詩や書や作庭に寝食を忘れてこれを楽しんだ風雅な文化人でもありました。(詩仙堂ウェブサイトより)


  私が撮影した詩仙堂の写真 http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/kyoto/kyoto_shisendou.htm

 
今日は何の日      3月12日

■ お水取り

 奈良東大寺の二月堂で修二会が開かれます。修二会は「お水取り」「おたいまつ」でご存知の方も多いと思いますが、二月堂の行事がなぜ三月に開催されるのでしょうか?

 旧暦二月に行われたからで、それが新暦でたまたま三月になったというのは誰しもが思い当たります。しかし、修二会そのものの起源というのは、日本では定かではないようです。二月堂の修二会が最も有名ですが、薬師寺や法隆寺など、他のお寺でも修二会は開催されています。

 修二会というのは「本尊に対する悔過(けか=罪の懺悔告白)(Wikipedia)」のことで、日本における修二会の始まりは「二月堂縁起」に記載されているそうです。

 それにしても「悔過」を「けか」と読むことは私にはできませんでした。因みに広辞苑を引いてみると「己が罪を懺悔し、罪報を免れることを求めるために、薬師・阿弥陀・吉祥天などを本尊として一定の作法によって行う儀式」と書かれていました。



     2013年撮影


■ サンデーホリデーの日,半ドンの日

 昨今では、「週休二日制」があたり前で、死語になりつつあると言う人もいます。

 私がサラリーマンをしている頃は、土曜日は正午まで仕事をしていました。入社後、しばらくして、「週休二日制」が導入されましたが、はじめは、隔週でお休みでした。

 土曜日の半日出勤を「半ドン」といいました。

 半ドンとは、「半分ドンタク(休業)」を略したものです。江戸時代末期に、オランダ語で、日曜日を意味する「zondag」という言葉が訛って、休日や休業を意味するようになったのだそうです。

 1876年(明治9年)に、公官庁で土曜半休となり、「半分のドンタク」を略して「半ドン」というようになったと言われています。

 これには、異説もあります。

 明治時代から第二次大戦・太平洋戦争の時期にかけ、皇居において正午に大砲の空砲を撃って知らせたことから、この名称が使われるようになったとも言われています。

 「半分休みの土曜日」を略して、「半土」から「半ドン」となったという節もあるそうです。

 1876(明治9)年のこの日に、官公庁で土曜半休・日曜休日制が実施され始めました。

 それまでのやり方では、欧米とのやりとりに不便があり、欧米のやり方に近づけたそうです。



■ その他
◇ 豊川稲荷祭
◇ 佛恵禅師寂

【経営コンサルタントの独り言】

■ 二月堂のお水取りの日に偶然奈良に


「お水取り」の「おたいまつ」は、写真でご覧になられた方も多いと思います。

 偶然にもお水取りの日に奈良を訪れました。

 雨が降る中、2時間ほど待ちましたが、おたいまつを見ることができました。

 何と幸運なことでしょう。

 しかし、二月堂は、東大寺にある古い建物ですので、火をたくさん使って大丈夫なのかとハラハラしました。

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■ 小堀遠州

 こぼりえんしゅう
 天正7年(1579)− 正保4年2月6日(1647年3月12日)

 小堀遠州としられますが、名は、政一(まさかず)で、近江国坂田郡小堀村(現・滋賀県長浜市)に生まれた、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名、茶人、建築家、作庭家、書家、陶芸家、華道家などとして知られる多才な人でした。

 江戸幕府の作事奉行となり、優れた庭園を残しました。茶を古田織部に学び、将軍家茶道指南として、またのちに遠州流茶道の開祖となりました。

 造園に造詣深く、作庭家として広く知られていますが、仙洞御所、二条城、南禅寺金地院などの庭を手がけました。

 慶長13年(1608年)には駿府城普請奉行となり、修築の功により、慶長14年(1609年)、従五位下遠江守に叙任されました。以後この官名により、小堀遠州と呼ばれるようになったのです。

 小堀氏の本姓は、藤原氏で藤原一族の血統を引いています。最後は、伏見奉行屋敷にて69歳で死去しました。



一芸に秀でる人は多芸に通ず」といいます。一方で、「器用貧乏」という言葉もあります。

 ある経営士・コンサルタントですが、何をやらせてもそつなくこなし、一芸だけではなく多芸に通じ、コンサルタントとしての将来が嘱望されていました。

 処々で光るものを見せていたのです。それが仲間やライバルからやっかまれるほどでした。

 ところが、どういうわけか、ビジネスとして、なかなか芽が出ないでいるうちに、この業界から姿を消してしまいました。

 なぜ、姿を消したのかは謎ですが、経営士・コンサルタントの世界では「専門性」というアイデンティティが重視される世界でもあります。

 これは、ビジネスの正解でもいえることで、顧客から、認められるためには、差異化(差別化)されていることが重要なのです。

 ビジネスの世界で生きていくためには、器用貧乏という面があることを知っておく必要があります。


 【 注 】
「今日は何の日」「今日の人」は、Wikipedia、富山いづみ氏のサイト、他を参照し、独自に記載したものです。従いまして、当サイト及びブログ等々に関しては、無断複製転載及び模倣を固くお断り申し上げます。
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内閣府認証特定非営利活動法人・日本経営士協会会長
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