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経営者・管理職とコンサルタント

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今日は何の日 話材からヒントと気づきを

40余年の実績で、皆様と共に歩んでゆきます。

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今日は何の日      3月3日
 【今日の写真】  
 【今日の写真】 早春の京都 高台寺

 

  現在旧持仏堂の開山堂、霊屋、傘亭、時雨亭、表門、観月台等が国の重要文化財に指定されている。 秀吉と北政所を「霊屋(おたまや)」に祀り、北政所像の下はその墓所となっている。(高台寺ウェブサイトより)

■ 上巳(じょうし/じょうみ) 

 上巳とは、五節句の一つで、3月3日にあたります。旧暦の3月3日の頃は桃の花が咲く季節であることから、桃の節句とも呼ばれます。

 因みに五節句とは、下記の通りです。

  1月7日 人日
  3月3日 上巳
  5月5日 端午
  7月7日 七夕
  9月9日 重陽

■ 桃の節句(ひな祭り)

 3月3日は、誰でも知っている「ひなまつり」です。ひな祭りというと、雛人形と菱餅を飾る女の子の行事と思われています。しかし女の子の行事となったのは江戸時代以降といいます。始めは宮廷・貴族のための行事でしたが次第に武家釈迦にも浸透するようになって来たようです。

 ひな祭りは、平安時代の「流し雛」に始まり、厄払いの儀式と貴族の人形遊びが融合して生まれた、日本独自の女の子の成長と幸せを願う伝統行事です。

 ひな祭りの起源は、平安時代の「流し雛(ながしびな)」にさかのぼります。当時、人々は紙や草で作った人形(ひとがた)に自分の厄や穢れを託し、川や海に流すことで災いを祓う風習を行っていました。この行事は、中国の古代行事「上巳(じょうし)の節句」に由来し、身を清める儀式として日本に伝わったものです。(japanese-culture-and-tradition.comを参考に作成)

 平安貴族の間では、女の子が人形で遊ぶ「ひいな遊び」が流行していて、これが流し雛の風習と結びつくことで、次第に人形を飾って楽しむ文化が生まれたというのが起源です。
 江戸時代に入りますと、祓いのための人形(ヒトガタ)は、豪華な衣装をまとったひな人形へと変化しました。ひな人形は子どもの身代わりとして災いを引き受ける存在とされ、女の子の健康や幸せを祈る象徴なのです。男雛・女雛(おびな・めびな)を飾ることから、良縁や幸せな結婚生活を象徴しています。
 ひな祭りには、縁起の良い食べ物として、「はまぐりのお吸い物」、「ひし餅・ひなあられ」がつきものです。赤(桃)、白、緑の三色は、春の訪れや成長を象徴しているといわれています。

 単なる飾りやイベントではなく、祈りと願いの文化として大切に継続されると良いですね。


【Wikipedia】 桃の節句

雛祭り」の起源は京の貴族階級の子女が、天皇の御所を模した御殿や飾り付けで遊んだ平安時代の「雛あそび」が始まりとされている。やがて武家社会でも行われるようになり、江戸時代には庶民の人形遊びと節句が結び付けられ、行事となり発展して行った。その後、紙製の小さな人の形(形代)を作ってそれに穢れを移し、川や海に流して災厄を祓う祭礼になった。この風習は、現在でも「流し雛」として残っている。

■ 耳の日

 3月3日は、耳の日としても知られています。

 耳の日が三月三日になったのかは、三三をみみと読ませるからだと思っていました。

 それもありますが、三重苦のエレンケラー女史が教育を受け始めたのが、この日であるからといわれています。


 耳だけではなく、どこかに障害のある人が、懸命に生活している様子を見ますと、こちらも励まされますね。

 ちなみに、私の妻も身障者です。

■ その他

 新潟浦佐押合祭
◇ 調布深大寺だるま市  
◇ 磯遊び
◇ 琵琶湖開き(3月第一土曜日)
◇ 唐津おくんち
◇ 隠元誕生


【経営コンサルタントの独り言】

■ 五節句の料理をすべて作ってお祝いする家庭も少なくなりました


 3月3日は、桃の節句でした。

 白酒を備えてお祝いをしたお宅もあると思います。

 この日は、中国の陰陽五行説に由来する五節句の一つ「上巳(じょうし)」です。

 それぞれの節句にお供えされる節句料理というのは決まっています。

 節句というのは、季節の節目となる日で、1月7日の七草は「人日」といって七草を戴きます。

 3月3日は、既述の通り「上巳」で菱餅や白酒が供されます。

 5月5日は「端午」で柏餅(関東)やちまき(関西)が振る舞われます。

 7月7日「七夕」はそうめん、9月9日は「重陽」で菊酒がつきものです。

 残念ながら、五節句の料理を作って、すべてをお祝いするお宅は少ないでしょう。

 かくいうわが家でも、お恥ずかしながら、年を追う毎にやらなくなってきています。

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■ 隠元

 3月3日は、黄檗宗の開祖である隠元隆g(いんげん りゅうき)(1592〜1673)の生誕日という説があります。4月3日は、没日です。明代に中国の福州で生まれ黄檗鑑源の門に入り、臨済禅を学びました。

 承応年には江戸で将軍家綱に拝謁し、後に宇治に地を与えられ万福寺を建てました。大光普照国師の号を賜っています。

【Wikipedia】 隠元

 隠元隆g(いんげん りゅうき、特諡として大光普照国師、仏慈広鑑国師、径山首出国師、覚性円明国師、勅賜として真空大師、華光大師、万暦20年・文禄元年11月4日(1592年12月7日) - 寛文13年4月3日(1673年5月19日))は、中国明末清初の禅宗の僧で、福建省福州福清県の生まれで俗姓は林である。

 独特の威儀を持ち、念仏禅を特徴とする明朝禅を日本に伝え、やや先に渡来した道者超元(? - 1660年, 1651年来朝、1658年帰国)と共に、当時の禅宗界に多大な影響を与え、臨済・曹洞二宗の復興運動にも大きな影響を与えた。また日本における煎茶道の開祖ともされる。


 ベル、アレクサンダー・グラハム 電話機の発明者

 Alexander Graham Bell
 1847年3月3日−1922年8月2日

 スコットランド生まれの科学者、発明家、工学者。世界初の実用的電話の発明で知られています。

 家族は、代々「弁論術」「スピーチ教育」に関わる家系で、母と妻が聴覚障害者であったことが、彼の研究テーマに大きな影響を与えることになりま
た。若い頃から音声・音響・聴覚に強い関心を持ち、独自の実験を重ねたのです。
 音声を電気信号で伝える研究を続け、1876年に電話の特許を取得しました。特許をめぐり多くの訴訟が起きましたが、最終的にベル側が勝利を収めました。
 ベルは、電話以外にも幅広い発明に挑戦しました。電話に関連することでは、先進的に光を通信に使うという画期的な研究として「光無線通信(フォトフォン)」があります。それ以外でも、水中翼船、航空機研究、金属探知機などの開発も試みました。
 ナショナル・ジオグラフィック協会の創設に関与し、第2代会長を務めました。
 聾者教育への貢献もあり、視話法(口の動きで言語を教える方法)の普及にも尽力し、ヘレン・ケラーに、家庭教師アン・サリヴァンを紹介した人物としても知られています。
 晩年は、多数の名誉学位・勲章を受け、世界的に高い評価を受け、1922年にカナダで死去した折には、彼の死を悼み、北米のすべての電話が一時沈黙したという逸話が残るほどです。

 【 注 】
「今日は何の日」「今日の人」は、Wikipedia、富山いづみ氏のサイト、他を参照し、独自に記載したものです。従いまして、当サイト及びブログ等々に関しては、無断複製転載及び模倣を固くお断り申し上げます。
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