本文へスキップ

Googleで「経営コンサルタント」をキーワードで検索すると、「経営コンサルタントへの道」がトップ表示

経営者・管理職とコンサルタント

35年の実績と誠意

 

40余年の実績で、皆様と共に歩んでゆきます。

 当サイトと連動し、平日毎日複数本のブログ発信をし、経営コンサルタント歴40余年の独断と偏見から何かを感じ取っていただけると幸いです。
 経営者・管理職向けの記事、それを裏返すと経営コンサルタントなど士業の先生方にも参考となります。 
 Yahooブログ  アメブロ  ブログ人  ドリームゲート

 
 【今日の写真】  
  朝の散歩で見つけました。
季節の移ろいの中で、寒風にもマケズ、欲はなく、けして怒らず・・・・・
学ぶところがあります。
今日は何の日    2月24日
 鉄道ストの日

 1898(明治31)年2月24日に、日本で最初の鉄道ストライキが行われました。

 機関士ら400人がストライキに突入したため、上野~青森の列車が運休しました。初めてのことで、多くの国民が驚いたようです。


 私が若い頃、国鉄(現代のJR)は、結構ストライキを行いました。

 その度に、ホテルに宿泊したり、会社に泊まり込んだりと大変でした。幸い、私は妻の実家が新宿にありましたので、そこまでたどり着けば何とか通えることができました。

 たとえストライキの時でも、十年余のサラリーマン時代は、無遅刻無欠勤を続けられました。

Wikipedia

ストライキ(strike)とは労働者による争議行為の一種で、労働法争議権の行使として雇用側(使用者)の行動などに反対して被雇用側(労働者、あるいは労働組合)が労働を行わないで抗議することである。日本語では「同盟罷業」(どうめいひぎょう)あるいは「同盟罷工」と呼ばれ、一般には「スト」と略される。

 同じ「スト」でも、奥さんがストライキを起こして、旦那が困ってしまうような家庭もあるようです。ハンガー・ストライキ、すなわちハンストですね。

■ 特許ライセンスの新制度

 特許庁は、特許のライセンスを受けた事業を保護する新制度の創設について、2011年に、国会で特許法改正を目指すと発表しました。同時に特許審査手数料の引き下げや、中小・ベンチャー企業に対する減免制度の拡充もすすめる方向です。

 フォントという言葉は、パソコン利用者にはおなじみですが、活字のイワタ、写植のモリサワと写研などと代表的なところがあります。パソコンなどで使うデジタルフォントの先駆けはニィス社と言っても良いでしょう。

 デジタルフォントは、まねされやすいという問題点を抱えています。本の書体をちょっと変更しただけで自社のフォントとして売り出すことができます。上述のニィス社は東京・文京区にある会社ですが、そのような環境下で今日もがんばっています。

 社長さんとは懇意にしていますが、最近はプロと言っても良いほどのフォトグラファーです。一時カルガモにこって、写真展を開いてかわいい写真をたくさん並べていました。

 話が脱線してしまいましたが、フォントも最初に作った人は苦労に苦労を重ねて制作したのがいとも簡単にまねされてしまいます。特許法の改定では、オリジナル制作者の保護ができるようにすべきと考えます。

■ その他
◇ 大田原太田山地蔵尊春大祭

【経営コンサルタントの独り言】

 有名なコンサルタントと有能なコンサルタントとは違います

 有名なコンサルタントは、たくさんの企業を顧問先に持ち、いっぱい稼いでいるだろうと一般的には考えられます。

 では、有名なコンサルタントは、有能なのでしょうか?

「有能だから、有名になったのでは?」

 確かに、有名なコンサルタントの中には有能の人もいます。

 しかし、有名なコンサルタントの中には、口先三寸の先生もいて、コンサルタントとしてより、TV出演や講演などが中心の先生が多いのです。


 顧問先で、じっくりと仕事をしようと考えますと、顧問先はたくさん持てません。

 顧問先で過ごす時間も必要ですが、自分の会社に戻ってする作業量は膨大です。

 アシスタントを複数使っても、結局自分で最終整理をしなければ、顧問先に行ったときに熱意あるコンサルティングができません。

 地道にコンサルティングをしている先生は、テレビに出演したり、たくさんの本を出版したりする時間はないのです。

 したがって、有名になる機会も少ないのです。

 私の40年余の体験では、多くの顧問先を持っているかのごとく吹聴するコンサルタントは、信用して良いのかどうか、判断できませんが、お薦めはしません。

 慎重に見極める必要があります。

  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/02b29fb73b48bc78dfbfe77805a21614

  ↑ Page Top
 

■ 貞慶

 じょうけい
 久寿2年5月21日(1155年6月22日)- 建暦3年2月3日(1213年2月24日))
 号は解脱房 勅謚号は解脱上人 一般に笠置の解脱上人と呼ばれます。

 11歳で出家し、「貞慶」と名乗りました。
 鎌倉時代前期の法相宗の僧であり、祖父は藤原南家の藤原通憲(信西)、父は左少弁藤原貞憲です。

 法相宗を興福寺に学び、20年余そこで過ごしました。

 釈迦如来、弥勒菩薩、観音菩薩、春日明神を深く信仰し、戒律の復興に努め、法相教学の確立に大きな役割を果たしました。

 その一方で朝廷の信任も厚く、勧進僧と力を合わせ、由緒ある寺社の復興にも大きく貢献してきました。また、興福寺奏状の起草者として、興福寺の衆徒が法然らの提唱した専修念仏の禁止を求めて朝廷に奏上しました。(【Wikipedia】を基に作成)


■ 慈覚大師円仁

 えんにん
 延暦13年(794年) - 貞観6年1月14日(864年2月24日)
 諡号:慈覚大師 宗派:天台宗山門派

 天台宗延暦寺第三世座主、下野国都賀郡の生まれ

 一五歳にして比叡山に登り、最澄に師事し、天台の要旨を修めました。承和5年に入唐し、梵学密教を9年にわたり学び、入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人として知られています。

 広智、義真等にも学ぶ、関係する寺院は、立石寺、毛越寺、中尊寺、大慈寺、延暦寺その他全国に凡そ700箇寺といわれています。

 著作に「入唐求法巡礼行記」があります。


 貞観6年1月14日に71歳で亡くなりました。


 700箇寺もの寺院で指導的な行動をとった慈覚大師の功績は、認めざるをえませんね。

 【 注 】
「今日は何の日」「今日の人」は、Wikipedia、富山いづみ氏のサイト、他を参照し、独自に記載したものです。従いまして、当サイト及びブログ等々に関しては、無断複製転載及び模倣を固くお断り申し上げます。
  ↑ Page Top
昨日   明日
 ↑ Page Top



経営コンサルタント グロマコン

〒112-0004
東京都文京区後楽2-3-10
         白王ビル4F
    (特)日本経営士協会内

TEL 03-6801-6630

関連団体 
 JMCAロゴ 内閣府認証特定非営利活動法人
日本経営士協会 
 JCAロゴ 日本コンサルタントアカデミー 


今井信行 顔1
経営コンサルタントとして
今井信行 顔2
 社会貢献として
今井信行 顔3
 公的な業務として
 横 顔
経営コンサルタント歴40年 
コンサルタントのためのコンサルタント
若手経営コンサルタント育成に東奔西走
内閣府認証特定非営利活動法人・日本経営士協会会長
わかりやすい語り口で講演・セミナーや社員研修に引っ張りだこ