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経営者・管理職とコンサルタント

35年の実績と誠意

今日は何の日 話材からヒントと気づきを

40余年の実績で、皆様と共に歩んでゆきます。

 当サイトと連動し、平日毎日複数本のブログ発信をし、経営コンサルタント歴40余年の独断と偏見から何かを感じ取っていただけると幸いです。
 経営者・管理職向けの記事、それを裏返すと経営コンサルタントなど士業の先生方にも参考となります。 
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■【今日の写真】 早春の京都 詩仙堂

 詩仙堂とよばれているのは、正しくは凹凸窠であり、詩仙堂はその一室である。凹凸窠とは、でこぼこした土地に建てた住居というほどの意である。丈山はここに十境を見たてた。詩仙堂ウェブサイトより)

  私が撮影した詩仙堂の写真 http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/kyoto/kyoto_shisendou.htm

今日は何の日      3月10日
■ 東京大空襲記念日

 戦争を知らない人が多い日本ですが、有り難いことですね。

 1945(昭和20)年3月10日深夜0時8分、東京にアメリカ軍B29爆撃機が襲来し、焼夷弾を透過し、東京が火の海になりました。

 私は、乳飲み子でその光景を知りませんが、母達の話を聞くと、東の空が真っ赤になったと聞いています。27万戸の家屋が焼失し、第二次大戦で最大級の被害と言われています。
 
 ■ 東京都平和の日

 都民ひとりひとりが平和について考える日ということから、東京大空襲のあった日である3月10日を「東京都平和の日条例」で東京都が1990(平成2)年に制定しました。

 母親や他の大人達の話では、東の空が真っ赤になったと、子供の頃に聞きました。

 近年は、「平和ボケ」といわれるほど、日本が戦争に巻き込まれることはなく過ごしてきました。

 しかし、新しい法律の施行や憲法改正などで、日本が戦争に巻き込まれる可能性が高くなりましたね。

 「自分の国は自分で守る」
という観点に立ちますと、上記を避けて通ることはできません。

 一方、「戦争は嫌だ」と平和を主張すれば、「では、万一の時には、誰が国を守るのでしょう」という疑問も湧きます。

 この、むつかしい選択に対して、私達は、充分な知識や情報を持っているでしょうか。

■ 東海道・山陽新幹線全通記念日

 1975(昭和50)年3月10日に、岡山まで繋がっていた東海道・山陽新新幹線が博多まで繋がりました。

 まだゼロ系の新幹線が主流だった頃ですが、2011年には初代新幹線であるゼロ系が姿を消しました。

 N700系からは、東海道新幹線の中で無線LANが使えるようになり、新幹線が動く書斎になりました。この恩恵を被れると言うことは有り難いことです。

 ところで余談ですが、「恩恵を被る」というのは何となく不自然さを覚えます。「被る」というのは、広辞苑では「身に受ける。特に、上からの仰せをお受けする。承る」とあります。

 「恩恵に浴する」とした方がベターなような気がします。

■ その他
◇ 塩竃神社帆手祭
◇ 金比羅大祭
◇ 砂糖の日
◇ 性空忌

【経営コンサルタントの独り言】

■ 明治以降東京は二度の壊滅を経験している


 江戸時代、何度も大火に見舞われている東京ですが、明治以降は神戸や東北の各地に近い被災を二度経験しています。

 一度は関東大震災、二度目は第二次大戦・太平洋戦争です。

 私の家族は都心から30㎞近くも離れている東京の西の方に住んでいました。

 東京大空襲のあった3月10日の夜は、東の空が真っ赤に見えたと言いますので、その凄まじさは言語に尽くせないものであったのではないでしょうか。


 戦争を知らない人が多い日本ですが、有り難いことですね。

 終戦後20年には東海道新幹線がはしり、その十年後の1975年には、東海道新幹線は全線開通した山陽新幹線と繋がりました。

 平和ボケをしているという私達ですが、いつまでもこの平和が続いて欲しいですね。

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■ 性空

 しょうくう
 延喜10年(910年)-- 寛弘4年3月10日(1007年3月31日)

 性空は、平安時代中期、京都に生まれた天台宗の僧で、俗名は「橘善行」といいます。

 36歳の折、比叡山で慈恵大師(元三大師)良源に師事して出家しました。霧島山や筑前国脊振山で修行し、966年(康保3年)播磨国書写山に入山し、西国三十三所霊場の一つであります圓教寺を創建しました。

 そのことから「書写上人」とも呼ばれます。圓教寺には、肖像彫刻・性空像(重要文化財)があります。

 山岳仏教を背景とする聖(ひじり)の系統に属する法華経持経者としても知られています。1007年(寛弘4年)、播磨国弥勒寺で98歳で亡くなりました。一説により増すと80歳ともいわれています。




■ 藤子 不二雄Ⓐ

 ふじこ・ふじお・エー
 1934年3月10日 -

 日本の漫画家で、本名は、安孫子 素雄(あびこ もとお)です。大垣女子短期大学客員教授をしています(2020年5月22日現在)。

 座右の銘は「明日にのばせることを今日するな」で、血液型はA型です。

 藤本弘(藤子・F・不二雄)とともに、藤子不二雄としてコンビを組み、作品を発表してきたことはよく知られています。コンビ解消後は、本名で紹介されることも多いようで、筆名の「Ⓐ」は「安孫子」の頭文字であることは、想像がつきます。

 曹洞宗49代目住職の息子として、富山県氷見郡氷見町(現:氷見市)の光禅寺という古刹に生まれました。

 大人になってもベジタリアン(卵と乳製品は食べる卵乳菜食)ですが、思想上の理由ではなく、子供の頃に精進料理ばかり食べていたため、習慣上の問題として肉や魚を体が受け付けなくなっていることが原因だといいます。

 1944年に父を亡くして高岡市に転居し、転入先の高岡市立定塚国民学校(現・高岡市立定塚小学校)で藤本弘と知り合いました。

 小学校時代から漫画家を志し、高校在学中に毎日小学生新聞でデビューしました。

『オバケのQ太郎』、『忍者ハットリくん』、『魔太郎がくる!!』などのヒット作にめぐまれています。

 2人の合作によるヒット作は『オバケのQ太郎』が最後であり、これ以降は藤子不二雄名ではあっても、そのほとんどはどちらかの単独作品です。


 ちなみに、藤子・F・不二雄のプロフィールを以下に挿入しておきます。

 ふじこ・エフ・ふじお
 1933年〈昭和8年〉12月1日 - 1996年〈平成8年〉9月23日

 ドラえもんで知られる漫画家であり、脚本家です。本名は、藤本 弘(ふじもと ひろし)、「F」とは「藤本(フジモト)」の頭文字を意味し、藤子・A・不二雄と区別していることはよく知られています。

 富山県高岡市定塚町出身で、富山県立高岡工芸高等学校電気科を卒業しています。

 隣接の氷見市出身の安孫子素雄(藤子不二雄Ⓐ)と共に“藤子不二雄”としてコンビを組み、数多くの作品を発表してきました。

 児童漫画の新時代を築き、第一人者となり、代表作は『ドラえもん』の他に『パーマン』『キテレツ大百科』『エスパー魔美』『21エモン』などがあります。

 作品の著作権管理は、生前に活動拠点としていた藤子・F・不二雄プロが担当しています。

 愛用していた鉛筆は三菱ユニのB、ペン先はゼブラのかぶらペンとこだわりがあり、整理された画面構成を好み、不必要な線が入りすぎることを極端に嫌いました。



 【 注 】
「今日は何の日」「今日の人」は、Wikipedia、富山いづみ氏のサイト、他を参照し、独自に記載したものです。従いまして、当サイト及びブログ等々に関しては、無断複製転載及び模倣を固くお断り申し上げます。
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内閣府認証特定非営利活動法人・日本経営士協会会長
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