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経営者・管理職とコンサルタント

35年の実績と誠意

 

35年の実績で、皆様と共に歩んでゆきます。

 当サイトと連動し、平日毎日複数本のブログ発信をし、経営コンサルタント歴35年の独断と偏見から何かを感じ取っていただけると幸いです。
 経営者・管理職向けの記事、それを裏返すと経営コンサルタントなど士業の先生方にも参考となります。 
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 今日の写真  3月24日

 
 【今日の写真】早春の京都 竜安寺  
 「龍安寺の石庭」として知られる枯山水の方丈石庭は京都を訪れた人の多くが訪問しているでしょう。室町幕府の守護大名であり、応仁の乱の東軍総帥でもあったりした細川勝元が創建した禅寺です。
 「龍安寺の石庭」として知られる枯山水の方丈石庭で有名な龍安寺は、禅宗が盛んだった室町幕府の管領、守護大名で、応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が宝徳2年(1450年)に創建した禅寺である。衣笠山山麓に位置する龍安寺の所在地は、藤原北家の流れを汲む徳大寺実能以来、徳大寺家の山荘であったところを、細川勝元が譲り受けたものである。初代住職として妙心寺5世住持の義天玄承(玄詔)を迎えた。(【Wikipedia】より)
今日は何の日    3月24日

■ ホスピタリティ・デー

 3月24日は、日本ホスピタリティ研究会(現日本ホスピタリティ協会等)1994(平成6)年に制定しました。

 このコーナーの読者の皆さんは、何の語呂合わせだろうと悩まれたと思います。当の私も考えてみましたが、ギブアップでした。

今日は何の日サイト

 数理学的に、3は新しいものを創り出すエネルギー・創造・自己表現等を、2は調和とバランス・思いやり・協力・理解力・人間関係を象徴し、4は全体をつくりあげる基礎を表わす数とされ、324はホスピタリティに関連性の高い要素が多く含まれていることから。

 思いやりのある社会を築く為に、ホスピタリティを意識的に実践する日。

【日本ホスピタリティ・マネジメント学会サイト】

 日本ホスピタリティ・マネジメント学会(以下、本学会と称す)の会長は、平成21年(2009年)4月より、前会長・服部勝人先生から私・山上へとバトンタッチされました。これまで以上に、ホスピタリティ研究の普及にまい進し、本学会が進化・深化するよう、全力にて励むつもりでおります。
 <中略>
 観光事業や福祉・医療・環境事業などに関する研究者(院生を含め)、実務者をはじめ、さらに「共生・共有・共感・共歓・共創」というホスピタリティをマネジメントすることにご関心のある方々には、是非とも、本学会へのご入会をおすすめいたします。

 「ホスピタリティ」とは「訪問者を丁重にもてなすこと(Yahoo辞典)」です。よく似た言葉で「サービス」という言葉あります。「サービス(service)」とは、「相手のために尽くすこと。奉仕(語源由来辞典)」とあり、その語源は、ラテン語の「serve(奴隷)」から来ています。

 すなわち、ホスピタリティは対等の立場で相手をもてなすのに対して「 servant(召使い)」などに通じるように、相手より一歩下がって奉仕するというニュアンスがあるのではないでしょうか。

 日本経営士協会の某会員は、もともとはレストランのシェフをしていた人です。ホスピタリティと言うことを掲げてコンサルティングをしています。

  図 日本ホスピタリティ・マネジメント学会 ←クリック

■ パソコンと計画停電対策

 2010年に当ブログで、震災対策の一環として、「パソコンと計画停電対策 5回シリーズ」をお送りしたところ大変な反響で検索サイトのトップページに掲載をいただきました。

 画像を入れてわかりやすくするために、自分で操作を一つずつ確認したりして、結構な時間を費やしてしまいました。


  パソコンと計画停電対策 ←クリック

 

■ その他
◇ 旧ひな祭り
◇ 蓮如上人忌
◇ 真覚寂

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■ 前島 密

 まえじま ひそか
 天保6年1月7日(1835年2月4日)-大正8年(1919年)4月27日

 1円切手の肖像で知られる、日本の官僚、政治家です。日本の近代郵便制度の創設者の一人であり、その功績から「郵便制度の父」と呼ばれています。

「郵便」とか「切手」、「葉書」という名称も彼が中心となって命名したと言われています。



【日本郵政サイト】

越後国(現在の新潟県)に生まれ。享年84歳。「縁の下の力持ちになることを厭うな。人のためによかれと願う心を常に持てよ」という信条どおり、近代化が進む日本でまさしく陰ながらより便利でより快適な暮らしの方法を提案し続けた。肖像画は、明治末ころのもの。向かって右えりに勲二等瑞宝章のバッジ、左えりには当時の貴族院議員記章が描かれています。

■ 牧野富太郎 「植物学の父」と呼ばれた植物分類学者
 まきの とみたろう
 1862年5月22日(文久2年4月24日)-1957年(昭和32年)1月18日)
 日本の植物学者。高知県高岡郡佐川町出身。位階は従三位。

 「日本の植物学の父」といわれ、多数の新種を発見し命名も行った近代植物分類学の権威です。その研究成果は50万点もの標本や観察記録、そして『牧野日本植物図鑑』に代表される多数の著作として残っています。
 小学校中退でありながら理学博士の学位も得て、生まれた日は「植物学の日」に制定されています。
 94歳で亡くなる直前まで、日本全国をまわって膨大な数の植物標本を作製しました。個人的に所蔵していた分だけでも40万枚に及び、命名植物は1,500種類を数えます。野生植物だけでなく、野菜や花卉なども含まれ、身近にある植物すべてが研究対象となっていたことが、日本植物学の父と言われる所以です。
 NHK朝の連続小説でも取り上げられました。多くの学生を指導し、後進の植物学者を育成し、学生たちに自然の美しさや尊さを伝えることにも注力しました。


【chatGPT】
 牧野富太郎は、日本の植物学者であり、日本の植物相の研究に多大な貢献をしたことで知られています。彼は、明治時代から昭和時代初期にかけて活躍し、日本の植物学の発展に大きな影響を与えました。
 牧野は、自然史博物館の助手としてキク科の研究を始め、その後、東京帝国大学の植物学教室で研究を続けました。彼は、日本の植物を収集し、分類し、記載することに生涯を捧げ、日本の植物相に関する多くの重要な研究成果を生み出しました。
 牧野が最も知られているのは、彼が編纂した「新分類 牧野日本植物図鑑」であり、これは日本の植物の総合的な図鑑として広く利用されています。彼はまた、日本各地の植物相の調査を行い、地域ごとに植物の生態や分布を記載した書籍を出版しました。
 牧野はまた、多くの学生を指導し、後進の植物学者を育成しました。彼は、学生たちに自然の美しさや尊さを伝えることにも力を注ぎました。
 牧野は、植物の世界に対する深い愛情を持ち、植物が持つ生命力や美しさについて熱心に研究しました。彼は、植物の生態や分布についての知識を広めることに尽力し、日本の自然環境保全にも貢献しました。
 牧野は、日本の植物学界において、偉大な功績を残した人物の一人であり、彼の研究や業績は、今日に至るまで大きな影響力を持ち続けています。

 【 注 】
「今日は何の日」「今日の人」は、Wikipedia、富山いづみ氏のサイト、他を参照し、独自に記載したものです。従いまして、当サイト及びブログ等々に関しては、無断複製転載及び模倣を固くお断り申し上げます。
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