セクハラを軽視していませんか?
新井社会保険労務士事務所所長 社会保険労務士 新井 智晴 氏 立教大学経済学部卒業後、東京相和銀行(現東京スター銀行)入行、高齢者への |
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セクシャル・ハラスメント対策 − 転ばぬ先の杖(前始末しましょう)− |
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近年、ようやくセクシャル・ハラスメントに関する認識が高まったと言われていますが、それでも対策を立てている会社は全体の3割前後にとどまっています。セクシャル・ハラスメントが引き起こす影響は様々です。被害者への影響は健康や精神への支障をはじめとしてもちろん甚大です。しかし、それに劣らず、会社への影響も大きなものがあります。職場の人間関係や職場秩序の悪化はもとより会社イメージ、社会的評価や信用は大きく低下します。更に裁判になれば時間、労力の損失、訴訟費用、スタッフの諸経費がかかります。無論敗訴となれば損害賠償を支払わなくてはなりません。こうなると、セクシャル・ハラスメントは会社があらかじめ対策を立てるべきリスクとしてとらえておく必要があると言えましょう。 |
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1.セクシャル・ハラスメントとは | |||
まず、セクシャル・ハラスメントとは何かということを知ることが、対策の第一歩だと思います。 |
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1−1 セクシャル・ハラスメントの定義 | |||
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・「女性の意に反する性的な言動」により、 これら三つの条件がそろって「女性の不快感」が改善されなければセクシャル・ハラスメントとなります。ここで、いくつかのキーワードについての説明をしておきます。 ◆「女性の意に反する」とは、被害者が不快である状態が長くもしくは繰り返し続くことです。 ◆「性的な言動」の例としては、「性的な冗談やからかい」、「食事やデートへのしつこい誘い」、「意図的に性的な噂を流す」、「性的な体験を聞かせたりたずねたりする」などの発言、「身体への意識的な接触」、「ヌードポスターの掲示」、「わいせつな画面の表示(パソコンの壁紙なども含むものと思われます)」等の行動があります。さらに「上記のことについて女性労働者が抗議をしたので配置転換などの不利益取り扱いをすること」や「性的な関係を結ばないと解雇する(と言う)」こともセクシャル・ハラスメントにおける「性的な言動」に含まれます。 ◆「職場」、「職務」の範囲としては、通常の就業場所はもちろんのこと、派遣先や出張先、営業のため移動中の車中、商談のための宴席、そして、会社主催の宴会や社員旅行なども含まれます。このように、会社が関与しているほとんど全ての場所についておいて、セクシャル・ハラスメントが成立する可能性があるといっても過言ではありません。また、非公式のいわゆる「二次会」等も上司が出席していると「職場」とみなされる場合が多いので注意が必要です。 ◆「不利益を与え」の意味 |
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1−2 加害者について | |||
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過去のセクシャル・ハラスメントの裁判例から判断すると、直接の行為者には、「女性の意に反する性的な言動」をした人であれば、社長、上司、同僚、取引先など誰でもなる可能性があります。また、同時に会社がセクシャル・ハラスメントについて適切な処置をとっていない場合には、直接の行為者とともに罪に問われています。だからこそ、会社としての適切な対応を事前に講じておく必要があると言えます。また、セクシャル・ハラスメントの裁判例で直接の行為者として被告となっている人の多くは、社長をはじめとした、会社での地位の高い人達です。上に立つ人達がまず問題意識をもって取り組む必要があるといえそうです。 このようにセクシャル・ハラスメントを構成する要素はあらゆる面で広く解釈されている傾向があります。その意味でトラブルに発展する可能性があらゆる場面において存在するというのがセクシャル・ハラスメントの恐ろしいところだといえます。 |
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2.セクシャル・ハラスメントにより、問われる責任(裁判になった時)とその重さ | |||
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セクシャル・ハラスメントによるトラブルが発生した場合の最悪の事態は裁判になったときであると考えられますので、セクシャル・ハラスメント対策は裁判を想定して立案しなければ十分とはいえません。 |
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2−1 裁判になった時の責任−裁判になった時、誰がどのような責任を負うかについて | |||
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■直接の行為者に対して 民法709条の不法行為(この場合、セクシャル・ハラスメントにより被害者の人権を侵害した、ということ)によって、損害賠償責任を問われます。 |
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■会社に対して ◆民法415条では「債務者が債務の本質に付随する義務を履行しない場合債権者はその損害の賠償を請求することができる。」としています。これをセクシャル・ハラスメントとの問題に当てはめますと、「会社には労働者を雇用して賃金を支払う義務があるが、それに付随して、労働者が働く職場環境を配慮する義務も発生する。会社がセクシャル・ハラスメント防止対策を怠ったりセクシャル・ハラスメントを放置した場合この職場環境を配慮する義務を果たさなかったとして、被害を受けた労働者はそれによる損害賠償を請求できる」ということになります。 ◆民法715条では、「使用者は、使用する労働者が職務遂行中に第三者に損害を与えた場合、損害賠償責任を問われる。」としています。よって、従業員が行ったセクシャル・ハラスメントについて、会社も損害賠償を負わなければなりません。 ◆民法44条1項では、「法人は理事その他の代理人が職務を行うことにより他人に加えた損害を賠償する責任を負う。」としています。セクシャル・ハラスメントの直接の行為者が社長の場合、会社も損害賠償を負わなければなりません。 ◆男女雇用機会均等法21条では、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該女性労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上必要な配慮をしなければならない。」と定めています。会社がセクシャル・ハラスメントを防止する対策を怠ったりセクシャル・ハラスメントを放置した場合この「雇用管理上の配慮義務」に違反しているとされます。 |
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2−2 判例ではおおよそどのくらいの損害賠償が支払われているのでしょうか | |||
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セクシャル・ハラスメント裁判による損害賠償額は、ケースによって大きなばらつきがあり一概には言えません。ただし、傾向としては同僚や比較的地位の低い上司などによる「発言のみ」の場合や「腰や胸を触る等のわいせつ行為」の場合は50万円から150万円程度にとどまっている反面、「解雇や出向等をして事実隠匿を計った」場合や「セクシャル・ハラスメントを放置したままであったり職場環境の改善しようとしない場合」等は200万円〜350万円と上昇します。総じて、経営者や社内における地位の高い人物が直接の行為者である場合や会社の取り組み不足により被害を拡大させたと判断される場合は高くなる傾向があるようです。また、直接の行為者の方がむしろ社内での処分が軽い場合(例 直接の行為者−謹慎、被害者−解雇に近い退職)や本来弱い立場の従業員を守るはずの労働組合幹部が関与している場合も損害賠償額が高くなる傾向があるようです。 |
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3.セクシャル・ハラスメント防止対策、損害極小化対策 | |||
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防止対策と損害極小化対策は、セクシャル・ハラスメントにおいては同じです。発生を未然に防止するための対策をたてることにより、裁判になっても、会社の努力が認められ損害賠償額を小さくできることにつながるからです。大きな柱としては「方針作り」、「制度作り」、「問題発生時の速やかな対応」があります。 |
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3−1 方針作り | |||
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1.社長等、事業所の責任者がセクシャル・ハラスメントを許さないという方針の明確化及び周知・啓発活動をします。大切なのは、社長等、事業所の責任者の名前で行うこと。これにより、社員全員に徹底させます。−(図版1 「職場におけるセクシュアルハラスメント防止のための啓発用ポスター」)参照 |
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3−2 制度作り | |||
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1.就業規則にセクシャル・ハラスメントに関する事項を記載します。就業規則への記載をすることにより、法的拘束力も発生します。−(図版2「就業規則の記載例」)参照 |
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3−3 問題発生時の速やかな対応 | |||
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対応の流れは次のようになります。−(図版4「対応の流れ」)参照 | |||
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◆相談窓口 1.相談・苦情窓口で苦情を受け付けます。 2.事実関係の確認をします。相談者、行為者はもちろんのこと、同僚など第三者からのヒアリングにより客観的な事実の把握に努めます。 ◆会社としての対応を検討 1.配置転換やメンタルケア、当事者間の関係改善の援助等の雇用管理上の措置を行います。 2.相談者への説明をします。 3.直接の行為者に対し就業規則に則った処分を行います。 4.職場環境の見直しと再発防止策の徹底をします。 このような対応を迅速に行うためにも、「苦情を受けた場合のマニュアル」等を作成しあらかじめ担当者や対応方法を定めておく必要があると思われます。 |
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3−4 注意すべき点 | |||
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まず、相談窓口への連絡方法を周知することにより、被害者が相談しやすいようにします。セクシャル・ハラスメントを早期に発見し迅速な措置を講じるためにこれは是非必要なことです。また、被害者にとっては非常にデリケートな問題を取り扱うので、説教や我慢を強いるような言動をしないように応対し、相談者の秘密を守ることや周囲の人間関係への配慮をします。そのためにも、担当者として出来るかぎり女性を置くことが望ましいでしょう。直接の行為者へは公正に処分すること尽きます。そのためにも会社の雇用上の規則である「就業規則」にセクシャル・ハラスメントに関する制裁事項をあらかじめ記載しておくことが必要になります。 総じて、相談窓口は形式的であってはならず、「相談者本位」の姿勢が大切です。 |
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その他 | |||
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◆研修などにも利用できる低廉な小冊子をあげておきます。 |
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東京都労働経済局編集 | 「セクシャル・ハラスメント相談マニュアル」 | 180円 | |
東京都労働経済局編集 | 「セクシャル・ハラスメント防止研修プログラム」 | 450円 | |
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◆主要参考文献 |
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日経連出版部 | 「セクハラ防止人事マニュアル」 | ||
ゆうひかく選書 | 「職場のセクシャル・ハラスメント」 | ||