6回連載 経営の危機管理入門 危機管理意識のない企業は自然淘汰される |
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危機管理コンサルタント 石川 俊弘 氏 |
危機管理コンサルタント 石川俊弘先生は、危機管理に
ついて日本を代表するエキスパートで、日本危機管理学会
に所属され講演、学会を通じて企業の指導をされておられ
ます。
■■■ 第一回 危機管理とは何か ■■■ 2002.05.20
今回から経営の危機管理と題して話しをします。一回目は危機管理とは何かと
言う話しです。
■ 日本における危機管理意識
日本は良し悪しの議論をするゆとりも、心構えも無いままにグローバル化、アメリカンスタンダード化の大渦に飲みこまれてしまいました。この大渦こそ危機管理が最も必要だったのです。
最近は日本経済の立ち直りの遅さに、アメリカは我が国を当てにせずに、見放してしまったと言う情報があります。
我が国は欧米諸国と比較して危機管理後進国と言われています。わずかに公の警察、消防、自衛隊、医療、民の交通運輸、電気、ガス、医療は必要に迫られ組織自体に危機管理能力を持ち以前からかなり充実していました。
ところが2002年は画期的な年になりました。4月22日に新しい日本の顔になる新首相官邸の開館披露式典が行われ30日から使用開始となりました。特に危機管理機能の充実が計られ、情報通信設備や緊急時のヘリコプター発着所も備えられました。やや遅きに失した感がありますがとても喜ばしい事です。そして数年の内に日本の各企業にも危機管理のセクションが常設されるようになるでしょう。ようやく我が国も組織的で本格的な危機管理時代に突入したようです。
■ 歴史的に見る日本の危機管理
実は、ここまでの道のりは遠く険しいものでした。危機管理とはリスク、クライシス、セキュリテイマネジメント等、言われています。
国家、企業、個人が存続し、生存する為のあらゆる行為、手段、方法と定義ずけられます。それは複雑多岐に亘り政治、経済、社会、個人とあらゆる分野に入り組んで存在します。簡単に言うと生き残りの為のサバイバルの方法を研究、実
践する事なのです。
サバイバル術と考えると日本には歴史的にこのような方法は存在してました。私が学会に発表した <徳川幕府はなぜ265年間も存続したか> と題する論文があります。単一な政権がこれほど長期に続いた事例は世界史的にも珍しく更
なる研究が必要なのです。その他テレビ、小説でおなじみの真田一族、柳生一族、伊賀忍者、甲賀忍者の興亡の歴史はまさにサバイバル、危機管理の宝庫なのです。
一方危機管理とは事件、事故の予防防止のイメージが強いのですが実は経済活動、企業活動を活性化させる効果が大きいのです。つまりリスクのある所に商機ありです。リスクテイカー、ベンチャービジネス等が経済に活力と刺激を与える
のです。
危機管理を公、民、個人に分類すると
1) 政府レベル
災害(自然、人的)、誘拐、テロ、サイバーテロ、環境、社会
2) 民間レベル
企業、誘拐、サイバーテロ
3) 個人レベル
家計、健康、教育、ローン
などに整理されます。
■■■ 第二回 日本人の独特の体質 ■■■ 2002.06.20
◆ 日本人の独特の体質
官の危機管理と言う事で、本題から少し外れますが、領事館事件の外務省の対応は、我々に多くの問題提示をしました。
基本的に次の3点が指摘されます。
(1) 問題想定マニュアルが十分に検討し作成されていない。 又作成されていたとしても訓練、周知徹底がなされていない。
(2) 情報が正確に迅速にトップに伝達されない。
(3) 従って対策が後手、後手になり自信を持った有効な対策が打ち出せない。
日本が危機管理後進国と言われるのはなぜでしょうか。
それは日本人独特の体質に原因があります。
(1)現状維持の保守的傾向が強く行き着く所まで行かないと改められない創造的に、ダイナミックに、社会システムを変革して行く素質に欠ける。
(2)伝統的に排他的である。
他民族、異文化を簡単に受け入れられない気質がある。
(3)責任の所在が不明確である。
問題を先送りし、それを社会も黙認して来た。
結果として加速度的、複合的に複利ベースで問題が増殖する。
そして手のつけられない巨大怪獣に成長してしまう。
(4)自分には問題が起こらない、関係ないと考える。
過去をすぐに忘れ、歴史を教訓にせず、尊重しない。
(5)対策はハード思考で、ソフトを重視しない。
ソフトには伝統的にお金をかけない。
存続する為の投資とは考えない。
人、組織も硬直化して実行の乏しい形式主義に成っている。
日本で危機管理と言う言葉が注目されたには、1995年1月に発生した阪神淡路大震災の時からです。同時にwindow95が発売されIT時代に突入した年でした。民間の危機管理分野でも欧米ははるかに先進国で1970年代に保険のロイズ社を先陣に次の2社が設立されました。
(1) クロールアソシェイツ社 ニューヨーク 1972年設立
(2) コントロールリスクス社 ロンドン 1975年設立
これらは危機を、民間の力で、ビジネスライクに解決する会社です。歴史学者、軍や警察のOBなど、各分野の専門家を多数抱えています。そして、基本的ポリシーとして、次の遵守事項を掲げています。
(1)法律の枠組みの中で合法的に活動する。
(2)高度の情報収集分析、交渉を行い最上層部に報告する。
(3)守秘義務を厳守して口外をしない。
■■■ 第三回 日本人の独特の体質 ■■■ 2002.07.20
◆ 海面下の見えない部分に、重要問題(病根)が隠れている
(1)はじめに
みずほ銀行 (世界的メガバンク) ATM障害事件 (2002年4月)
雪印食品 (北の超優良企業) 牛肉偽装事件 (2002年1月)
今年になってから、発生した危機管理に関する大きな事件です。事件を氷山に例えますと、海面上の見える部分(全体の1割)と海面下の見えない部分(全体の9割)に分けられます。言うまでもなく、海面下の見えない部分に、大変重要な問題(病根)が隠されているのです。
今回はこの部分に焦点を絞って話をしてみましょう。
(2)日本経済の質的変化に対応出来ない現実
1950年以降の経済は、右肩上がりの高度成長(即ち、インフレ経済)を土台にして、その上に経済、政治、社会の各システムが構築されて来ました。
それは銀行を中心にして企業が周囲を回っていると言うあたかも宇宙の太陽系に類似した形態でした。(間接金融システム、別名、土地本位制経済、とも言われました)ところが、1980年代にバブルが崩壊しました。
バブル崩壊後は、幾度となく立ち直るチャンスがあって、このシステムの持続可能性が試されました。しかし残念な事に、その都度、根本的な改革は避けられて、その場しのぎの小手先だけの修正が複数回に亘り、空しく行われただけでし
た。
結果として、銀行を中心とした従来型の経済システムは存続不可能な状態になりました。
具体的には、銀行は次々と怪獣のように発生する、不良債権の処理に体力を消耗して、本業で最も大切な、企業への貸付業務を縮小又は放棄してしまいました。
そして、国債の買い入れと保有と言う、金融保管倉庫業に主たる業務を転換してしまったのです。そして銀行業界全体が、末期症状に陥ってしまったのです。
その最中<みずほ銀行>では、根幹のコンピュータシステム迄に病状が拡大して信用失墜という大きな社会問題になってしまったのです。
(3)危機管理の3つの基本は準備、情報、行動です
a 周到に検討された準備、
b 正確で角度の高い情報の収集と伝達、
c 素早く的確な行動と検証、
この3つの基本は企業が生き残る為の,必要的実行事項です。その為には、平時から最悪の状態を想定して準備をする事、つまり起こりうる事全てを想定し、具体的に項目化してその対処法を議論して、取り決めをしておく事(マニュアル化)が重要です。情報にはプラス情報とマイナス情報がありますが特にマイナス情報は最重要視して、取り上げなくてはなりません。いわゆる、お宝情報だからです。
<雪印食品>では、この不手際が、社会的信用を失墜して、業績が悪化し存続不可能な状況になり、企業解体と言う致命傷になりました。しかも迅速にトップに伝達されるシステムが、構築されておりませんでした。
日本の企業は決められた事、法制化された事を実行するのは得意分野ですが、危機に対する迅速な意思決定や、予防的な処置は不得意な分野です。 つまり、応用部分、ソフト部分が非常に弱いのです。しかし危機管理と言う意識が無くて
も、日常の業務の中でさまざまな局面で各々のセクションで、無意識に危機管理を行っている現実があります。
(4)危機管理を投資と考える発想の転換が必要です
金をかけても何も起こらなければ無駄金になる、と言う発想は誤りです。現代は危機管理を軽視したら、絶対に生き残れません。しかし現実問題として大部分の企業は、商売に忙しく、必要な人員も充てられないので、危機管理を専門に行うセクションを常設する事は困難です。また専門職の養成にしても、新しい分野だけに経験者がおらず、手探り状態でしょう。
そこでプロ(専門家)への依頼の余地と必要性が生まれるのです。
危機管理は最も専門家を活用出来る、即ち外注可能な業務分野なのです。
■■■ 第四回 能動的、積極的リスクについて ■■■ 2002.08.20
(1)危機管理関連のベストセラー図書について
リスクー神々への反逆 (Against the Gods)
ピーター・バーンスタイン著/青山譲訳、日本経済新聞社刊 \2200
この本は、リスク<ここで述べているのは能動的リスク、投資リスク、です>を正面から直視して、歴史的に年代的に、その時代の人的要因(魅力的な人々)を多分に取り入れ、分析を試みた画期的な、バイブル的な存在で、必読の書です。もし、未来の運命を神が支配するものならば、未来の到来を待たずに支配したいと言う試み即ち 「リスクへの挑戦」 はすべて、神への反逆となります。
リスクと言う言葉はイタリア語の risicare から来ており「勇気を持って試みる」と言う意味があります。リスクとは運命でも偶然でもなく、人が行う選択なのです。
リスクの本質について発見や、選択の技法と科学は、グローバルスタンダードに統合されつつある市場経済の核心をなすものです。この本から学べる事は <暗黒の20年間で日本人が犯した失敗> をいつまでも引きずるので無く、将来の選択を積極的に行う事が大切であると言う認識です。
(2)読者はすでに気づかれたと思います
危機管理には前回まで述べてきた受動的、消極的リスクと今回取り上げる能動的、積極的リスクがあります。どちらも本質は同じなのですが、リスクテイカーつまり積極的に選択してコントロールし、挑戦していく点では違いがあります。選択し、コントロールし、チャレンジする行動又は思考は日常の経済活動の中で意識的にしろ、無意識的にしろ繰り返し行われている事なのです。
(3)危機管理とは、周囲を思いやる温かい心です
危機管理とは、何か冷たいマニュアル的な人間味のない事と考えている人が多いのは大変な間違いです。実はとても温かい、人間味のあるものなのです。最終目的は、生き延びる事(サバイバル)であり、存続する事にあります。昨今は経営が悪化すると、無能な経営者はすぐにリストラを考えますが、これは従業員に対しての単なる責任転嫁であって、経営の危機管理ではないのです。
「雇用は負債」 と考える限り展望は開けません。「雇用は資産」 なのです。経営者は社員の能力を最高に引き出す方法を考える事が最も重要です。つまり資産(人材)のポートフォリオです。私が以前に勤務していた会社も激しいリストラ
を行い結果として優秀な多くの人材を外部に流出し、本体がただ衰退してしまいました。
去った人の犠牲の上に構築された体制は、人心の荒廃、モラル低下、生産能率の低下、の現象が現れるのです。
(4)悪魔が襲う時期があります
危機管理には魔の時期があります。8月は各企業はもとより日本全体が夏休みを取りますが一番危ない時期なのです。社員が出社して全員が身構えている、平日で九時から五時までの勤務時間帯には、致命的な危機はほとんど
発生しません。
また、発生しても最小限の被害に押さえられます。 時期的には、深夜、早朝、週末、第四半期(決算前で予算枯渇している時)夏休み、年末年始、5月連休、に集中して起きるものです。又、人的には、社長、会社幹部が出張、病気で不在の時に起きるものです。つまり悪魔は皮肉に、そして非情に忍び寄るのです。
(5)リスクの範囲は大きく考える。
大きく構えて小さく押さえる。これは危機管理の要諦です。悲観的に、最悪の事態を予想する事が大切です。ことに危機管理に対しては最大限に心配症に、用心深くなって丁度良いのです。中坊公平弁護士の記事で <考えうる全ての事に対して用心深く対策を立てる>と言う言葉がありましたが、正に危機管理の真髄を押さえていると思い感心させられました。
(次回へ続く)
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