経営者・管理職と経営コンサルタントのマッチング

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経営者・管理職と経営コンサルタントのマッチング
あなたの会社を元気にする最適な専門家を紹介

 1970年代に操業を始めました経営コンサルティング・ファームとして、経営コンサルタント歴約40年の歴史と伝統を誇ります、民間の経営コンサルタント企業の老舗の一つです。
 目立たない、中小企業の経営支援に徹していますので、著名のコンサルティング・ファームとは異なりますが、知る人ぞ知る、実績と経験あるコンサルティング・ファームとして、社会貢献を続けています。
 「コンサルタントのためのコンサルタント」と呼ばれて久しくなります。

 経営環境の変化で企業経営・管理は、ますます難しくなってきています。そのような問題を抱える経営者・管理職と、その道のプロである経営コンサルタントや専門職の方々の好ましいマッチングをはかるためのホームページです。
 また、私どもではこれから経営コンサルタントとして独立起業しようという人たちに「経営コンサルタントへの道」「経営コンサルタントになる第三の道」<詳細>も含め、各種の情報やメッセージをお送りしています。

 皆様の、ご愛顧のおかげをもちまして、Googleで「経営コンサルタントになるには」をキーワードで検索しますと、当ページ「経営コンサルタントへの道」がトップページに表示されます。このページを発表しましたのが、1990年代ですので、それ以来、検索サイトで、その栄誉を続けることができています。これからも毎日改定し続けるつもりですので、今後も、引き続きましてのご愛顧をよろしくお願いします。
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その履歴を以下のようにご紹介します。
 
     
     
     
  2019年1月

カシャリ! ひとり旅 

京都 嵯峨野 二尊院



 二尊院(にそんいん)は、
京都の嵯峨野にある
平安時代に創建された天台宗の寺院で、
山号は小倉山で、正式には
小倉山二尊教院華台寺

(おぐらやま にそんきょういん けだいじ)といいます。

 二尊院は、釈迦如来(発遣の釈迦)と
阿弥陀如来(来迎の阿弥陀)の二像を
本尊としていることから
「二尊院」と名づけられました。


 

京都 嵯峨野 二尊院

 
 
2019年 2月

カシャリ! ひとり旅 

京都  等持院

■ 等持院

 暦応4年(1341年)、足利尊氏が、天龍寺の夢窓国師に依頼して、衣笠山の南麗に創建された臨済宗の寺です。

 足利義光・義正両将軍たちが、全力を尽くして立派に建立した「禅宗十刹」の筆頭寺院でした。更に、足利幕府の地の近くにあった等持寺も統合され、足利将軍家の菩提所になりました。

 応仁の乱の戦乱などに見舞われましたが、豊臣秀吉や秀頼により再建され、足利15代、230余年にわたる貴重な文化財が保存されています。





有名な達磨の絵




足利尊氏の墓

今日の写真
等持院

 

 
 
 ◆ 今日の写真 ◆ 

カシャリ! ひとり旅 

静岡県  爪木崎



 下田市(しもだし)は、伊豆半島南部に位置します。静岡県にある伊豆半島の南端の漁業と観光の都市です。明治以前は「伊豆国賀茂郡」と呼ばれていました。

 伊豆急行線の開通などもあり、観光地として脚光を浴び、バブル期には年間500万人を超えた時期もありますが、近年は、それよりも減少していますが、下田温泉としての人気は続いています。

 年平均気温は約17℃と温暖で、降水量も年間1900mm余りと豊富です。このような気候と急峻な地形条件により、亜熱帯系から亜寒帯系までの幅広い植生があります。爪木崎の水仙や市内処々に見られる椿は、その代表的な存在でもあります。

 



バス停を降りて南方向に下ると
爪木崎を示す門があります。
(入場無料)

伊豆下田・爪木崎1  昭和天皇歌碑、咲く岬とする灯台 
伊豆下田・爪木崎2  花咲く岬と白く花開く波

 
 
◆ 今日の写真 ◆ 

カシャリ! ひとり旅 

京都  大覚寺

京都  嵯峨野 大覚寺

 平安時代初期、嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の折の離宮として建立され、“華と心経の寺”として親しまれています。

 弘法大師空海を宗祖とする真言宗大覚寺派の本山で、正式には、「旧嵯峨御所大覚寺門跡」という、由緒ある門跡寺院です。これが大覚寺の前身「離宮嵯峨院」で、「嵯峨御所」とも呼ばれています。

 嵯峨院が大覚寺となったのは、皇孫である恒寂入道親王を開山として開創した貞観18年(876年)のことです。弘法大師空海のすすめにより、嵯峨天皇が浄書した般若心経が勅封(60年に1度の開封)として奉安され、般若心経写経の根本道場としても知られています。




石柱横から参道に入ると
大沢池から流れ出る水路に架かる石橋があります。
大沢野池の方角を見ますと
五本定規の入った土壁が
大覚寺の寺格を無言のうちに語ってくれます

 大覚寺1   アプローチ 
 大覚寺2   堂巡り1 御影堂、安井堂、五大堂(本堂) 
 大覚寺3   堂巡り2 心経殿、村雨の廊下、霊明殿他 
 大覚寺4   大沢池、心経宝塔、護摩堂 
 祇王寺   祇王寺と苔・竹・もみじ 
   名所メニュー   写真各種

 
 
◆ 今日の写真 ◆ 

カシャリ! ひとり旅 

京都  大徳寺


 臨済宗大徳寺派の大本山で龍寶山と号する。

 鎌倉時代末期の正和4年(1315)に大燈国師宗峰妙超禅師が開創。室町時代には応仁の乱で荒廃したが、一休和尚が復興。桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の葬儀を営み、信長の菩提を弔うために総見院を建立、併せて寺領を寄進、それを契機に戦国武将の塔頭建立が相次ぎ隆盛を極めた。

 勅使門から山門、仏殿、法堂(いずれも重文)、方丈(国宝)と南北に並び、その他いわゆる七堂伽藍が完備する。山門は、二階部分が、千利休居士によって増築され、金毛閣と称し、利休居士の像を安置したことから秀吉の怒りをかい利休居士自決の原因となった話は有名。

 本坊の方丈庭園(特別名勝・史跡)は江戸時代初期を代表する枯山水。方丈の正面に聚楽第から移築した唐門(国宝)がある。方丈内の襖絵八十余面(重文)はすべて狩野探幽筆である。什宝には牧谿筆観音猿鶴図(国宝)、絹本着色大燈国師頂相(国宝)他墨跡多数が残されている。(10月第二日曜日公開)現在境内には、別院2ヶ寺、塔頭22ヶ寺が甍を連ね、それぞれに貴重な、建築、庭園、美術工芸品が多数残されている。 <ウェブサイトより>

 



大徳寺

大徳寺・黄梅院  大徳寺・高桐院  大徳寺・龍源院


◆ 今日の写真 ◆ 

カシャリ! ひとり旅 

京都  天龍寺

京都 嵯峨野 天竜寺

 嵯峨野(さがの)は、京都府京都市右京区にあります。西を太秦、北を桂川、東を小倉山、南を愛宕山に囲まれています。嵐山から小倉山にかけて、社寺が点在していることから、京都を代表する観光地の一つとして、観光客から親しまれています。

  嵯峨野の歴史 ←クリック



http://www.tenryuji.com/index.html

  天龍寺は京都屈指の観光地であり嵯峨嵐山を代表する臨済宗の禅刹です。

 名勝嵐山や渡月橋、天龍寺の西側に広がる亀山公園などもかつては境内地であったと言われていますので、その広大さから、寺の力を感じ取れます。

 ここはかつて檀林皇后と称された嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が開創した禅寺・檀林寺の跡地で、檀林寺が廃絶した後、後嵯峨上皇が仙洞御所を造営し、さらに亀山上皇が仮の御所を営みました。

 足利尊氏を開基とし、夢窓疎石を開山として開かれたのが天龍寺で、その目的は後醍醐天皇の菩提を弔うため暦応2年(1339)に創建されました。 (公式サイトを参照して作成)




曹源池

庭園全体像は寛政11年(1799)刊行の秋里離島による「都林泉名勝図会」に描かれた姿をよく残しています。

 天竜寺1   天竜寺全般 
 天竜寺11   天竜寺庭園 
 天竜寺12   天竜寺本堂・曹源池 
 宝厳院1   昼間の宝厳院(特別拝観) 
 宝厳院2   ライトアップ 
 弘厳寺   特別拝観





 
     
     
     
     
 
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