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私のサイトへの訪問をありがとうございます。
へたの横好きで撮った写真をここにまとめておくことにより、必要なときに見やすいようにと考え、単なる思いつきで着手しました。
他人様に見ていただくというより、自分の作品を整理するためのページです。
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嵯峨野(さがの)は、京都府京都市右京区にあります。西を太秦、北を桂川、東を小倉山、南を愛宕山に囲まれています。嵐山から小倉山にかけて、社寺が点在していることから、京都を代表する観光地の一つとして、観光客から親しまれています。
嵯峨野の歴史 ←クリック
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ここでは、2013年12月に回った時の写真を中心に紹介します。
渡月橋 ――5分 天龍寺 ――7分 大河内山荘 ――5分 常寂光寺 ――15分野宮神社 ――15分法輪寺
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http://www.tenryuji.com/index.html
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パンフレット 関連情報 |
天龍寺は京都屈指の観光地であり嵯峨嵐山を代表する臨済宗の禅刹です。
名勝嵐山や渡月橋、天龍寺の西側に広がる亀山公園などもかつては境内地であったと言われていますので、その広大さから、寺の力を感じ取れます。
ここはかつて檀林皇后と称された嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が開創した禅寺・檀林寺の跡地で、檀林寺が廃絶した後、後嵯峨上皇が仙洞御所を造営し、さらに亀山上皇が仮の御所を営みました。
足利尊氏を開基とし、夢窓疎石を開山として開かれたのが天龍寺で、その目的は後醍醐天皇の菩提を弔うため暦応2年(1339)に創建されました。 (公式サイトを参照して作成)
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天竜寺 法堂 |
法堂(はっとう)
元治元年(1864)の兵火にて焼失、
その後明治になり江戸後期建立の雲居庵禅堂(選佛場)を移築しました。
法堂とは説法堂の意であり、
住持が仏に代って衆に説法する場所を指します。
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松巌寺より望む法堂
寄棟造・浅瓦葺、鏡天井です。
正面須弥壇には釈迦三尊像を安置し、
後の壇には光厳上皇の位牌と歴代住持の位牌
および開山夢窓疎石と開基足利尊氏の
木像が祀られ仏殿としても使用されています。
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手前が法堂、奥は受付
法堂天井に平成9年(1997)天龍寺開山夢窓国師650年遠諱記念事業として日本画家加山又造画伯(1927〜2004)により「雲龍図」が描かれました。
天井は、檜板を張り合わせ全面に漆を塗り、さらに白土を塗った上に八方睨みの龍が描かれています。
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左が曹源池の受け付け
雲龍図の受付は別
奥の丸屋根は中門 |
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天竜寺 大方丈 |
方丈は、大方丈と小方丈(書院)からなっています。
内部は六間取り(表3室、裏3室)の方丈形式で、
中央の「室中」に釈迦尊像が祀れています
詳細 ←クリック
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左手中門に面する大方丈正面
大方丈は明治32年(1899)築で、天龍寺で最大の建物です。正面と背面に幅広い広縁をもち、さらにその外は落縁で囲まれています。 |
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手前広縁が落縁で囲まれています。
奥は曹源池 東側が正面で中門があり、西は裏になりますが曹源池に面しています。
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大方丈を通して曹源池方向を見る
大方丈の本尊は釈迦如来坐像(重要文化財)で、平安時代後期の作です。
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正面「方丈」の扁額は関牧翁老師(天龍寺第8代管長)の筆 |
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小方丈側から曹源池と大方丈を見る |
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天竜寺 曹源池 |
曹源池(そうげんち)
約700年前の夢窓国師作庭で、当時の面影を今日までとどめている、わが国最初の史跡・特別名勝として指定されています。
中央の曹源池を巡る池泉回遊式庭園で、大堰川を隔てた嵐山や庭園西に位置する亀山を取り込んだ借景式庭園のため、壮大さが加わっています。
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曹源池
庭園全体像は寛政11年(1799)刊行の秋里離島による「都林泉名勝図会」に描かれた姿をよく残しています。 |
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曹源池の名称は国師が池の泥をあげたとき池中から「曹源一滴」と記した石碑が現れたところから名付けられました。 |
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大方丈裏から見た曹源池
方丈からみた曹源池中央正面には2枚の巨岩を立てた龍門の滝となっています。龍門の滝とは中国の登龍門の故事になぞらえたものです。鯉魚石を配するが、通常の鯉魚石が滝の下に置かれているのに対し、この石は滝の流れの横に置かれています。龍と化す途中の姿を現すという、大変珍しい姿をしていると言われています。 |
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小方丈側から見た曹源池
周囲は曹源池庭園と呼ばれています。 |
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小方丈側から左に大方丈を曹源池越しに見る |
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天竜寺 百花苑 |
百花苑(ひゃっかえん)
多宝殿から北門への苑路で、北門開設と同時に昭和58年整備された庭園です。
天竜寺の最も北奥に位置します。
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自然の傾斜に沿って苑路が造られています。 |
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奥の建物が北門入口の受付 苑内から北門を抜けたところが、嵯峨野の観光名所であります竹林の道に抜けます。大河内山荘や常寂光寺、落柿舎などへも通じています。
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奥が庫裏 |
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書院前に、清澄白山菊が
芝桜のように地を這っていました |
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天竜寺 曹源池の奥 |
大方丈から曹源池の対岸が高台になっています。
そこを散策できると思っていませんでした。
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ドウダンが、晩秋を彩っていました |
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曹源池の反対側に、散策できる道がずっと続いています。一人で歩くにはもったいない雰囲気です。 |
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ドウダンが、真っ赤に燃えていました。 |
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龍門亭前の道を、道なりに行きますと、次第に上り坂になります。
登りきったところから、天竜寺を見下ろせます。 |
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遠くに天竜寺の庫裏の頂上が見えました。 |
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天竜寺 平和観音と多宝殿 |
平和観音と愛の泉
夢窓国師の母は、観音様を深く進行していました。夢窓国師は、南北朝時代の戦乱を嘆き、世の中の平和を願いました。すると、地下から泉が湧き出てきました。
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愛の泉という名前のために、たくさんのコインが投げ込まれていました。
なぜか、池の中央にはガマガエルが正面を向いていました。
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泉の水を飲むと「愛と幸いを受く」と伝えられ、「愛の泉」と呼ばれるようになりました。 |
後醍醐天皇聖廟多宝殿(たほうでん)
小方丈前の上り坂を進みますと、右に屋根付きの廊下と祥雲閣や甘雨亭の茶室が見えます。上りきったところに、後醍醐天皇の尊像を祀る祠堂であります多宝殿があります。中央に後醍醐天皇の像、両側に歴代天皇の尊牌が祀られています。
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前に拝堂をもち、後ろの祠堂とを相の間でつないでいます。入母屋造で、中世の貴族邸宅を思わせる建物です。
亀山上皇が離宮を営んだ際、後醍醐天皇が学問所とした地でもあります。
後醍醐天皇の吉野行宮時代の紫宸殿の様式と伝えられています。 |
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天竜寺 曹源池北庭園 |
曹源池北庭園
曹源池の北側の散策路を回りますと
小方丈前の庭園にでます。
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右手奥が曹源池
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寒さに苔が縮んでいました
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左手小方丈、奥が大方丈 |
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小方丈の前には、
愛の泉から湧き出る流れが
曹源池に注いでいます
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京都 2013年12月 嵯峨野 |
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京都 嵯峨野 天竜寺 |
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