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私のサイトへの訪問をありがとうございます。

へたの横好きで撮った写真をここにまとめておくことにより、必要なときに見やすいようにと考え、単なる思いつきで着手しました。

他人様に見ていただくというより、自分の作品を整理するためのページです。

神奈川県 鎌倉
 

カシャリ!一人旅 鎌倉
 

 鎌倉は、神奈川県の南部、三浦半島の湘南海岸側(西側)の付け根あたりに位置しています。周囲を山と相模湾で囲まれた天然の要害の地で、源頼朝を旗頭として、北条時政、北条義時らによって鎌倉幕府が置かれました。

 近代に入ってから“鎌倉文士”と呼ばれる作家や芸術家などの文化人が住むようになり、一層着目され、ドラマや小説などの舞台にもなっています。鎌倉文学館などは、それを象徴する一つです。文学青年ではありませんが、私も、若い頃は鎌倉に住んでみたいと思ったほどです。

 人口は、18万人に届かんとする、神奈川県でも五指に入るくらいの大きさの中核都市です。

     鎌倉市公式サイト  http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/

 神奈川県鎌倉市 十二所神社 
 神奈川県鎌倉市 光触寺 
 神奈川県鎌倉市 五大堂明王院 
 神奈川県鎌倉市 旧華頂宮邸 
 神奈川県鎌倉市 報国寺(竹の寺)
 神奈川県鎌倉市 佐助神社
 神奈川県鎌倉市 銭洗弁財天
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鎌倉 十二所神社

十二所神社

住所 〒248-0001 神奈川県鎌倉市十二所285
    https://kamakura8.blogspot.jp/2014/08/blog-post_8.html

 社伝によりますと、歴史は古く1278(弘安元)年の創建と伝えられています。

 相模風土記稿に、「光觸寺(こうそくじ)境内に十二の社がある」と印されています。光触寺境内にあった熊野社が江戸時代に移転されました。名前が変わったりしましたが、明治維新により社号が十二所神社と改称され、明王院が所管することになりました。

 祭神は、天神七柱・地神五柱の十二柱






朝比奈切通入口の六浦道沿いに、お地蔵さまが出迎えてくれます。



お地蔵様の横には、水仙が開き始めていました。


二基の石燈籠が、石段前に立っています


石段の右手に、椿が今を盛りに咲き誇っていました



光触寺境内にあった熊野十二所権現が
天保九年(1838)に現在の場所に移され
明治に入ってから
十二所神社(じゅうにそじんじゃ)という名称に
改められました



本殿



失礼ながら外見がちょっと貧弱ですが
梁上の兎の彫り物は躍動感があり
波は立体感があります。



山の神社・ほうそう神社・宇佐八幡社が合祀されていますが
その一つでしょうか?



丘陵壁面と底面を削った地形がそのまま残されています

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鎌倉 光触寺
 
◇ 光触寺

 山号寺号 岩蔵山光触寺(こうそくじ)
    https://kamakura8.blogspot.jp/2014/08/blog-post_9.html
 建立   弘安二年(1279)
 開山   作阿
 開基   一遍



光触寺への道 滑川にかかる光触寺橋

 光触寺(こうそくじ)は、
鎌倉北東部の十二所という地にあります。
十二所バス停から徒歩5分強のところにあります。



↑ 拡大


六浦道は、鎌倉から金沢八景に通じる道で、往時は交通の要衝でした。

 六浦道からの入り口がわかりづらいところにあります。
近所のコンビニで道を尋ねましたが、
「ここの住人ではないので知らない」という
つれない返事が返ってきました。

 ようやくおそば屋さんを見つけて、
店員さんに尋ねたところ、
その辺では観光客が行く五大堂明王院への道を教えそうになりました。
方向が違う旨をいうと、
ひょっとすると、酒屋さんの前の道を入った
突き当たりではないかというので、
ようやくのことで解りました。



鎌倉市内には沢山のお寺がありますが、
時宗のお寺は少ないそうです。



山門を入ると、左側に沢山の石仏が並んでいます。



参道に並ぶ石仏



開祖 一遍上人像

 鎌倉旧市街地内では珍しい一遍上人を開基とした
時宗のお寺さんです。



塩嘗地蔵(しおなめじぞう)

本堂の右手に立つお地蔵様



鎌倉から東にある六浦(横浜市金沢区)の
塩売りが、朝比奈峠(後に切り通しになる)を超えて
鎌倉に入るときに塩をお供えしたのですが
帰りに見ると塩がなくなっていました。
このことからお地蔵様が嘗めたのだろうと
この名前がつきました。


 運慶に造立を依頼した阿弥陀仏が、ご本尊です。

 脇侍は頬焼阿弥陀(ほおやけあみだ)です。

 盗みの疑いをかけられた法師が、罰として頬に焼き印を押されましたが、何度焼き印を押しつけても跡がつかなかったそうです。

 ところが、阿弥陀様の頬に焼き印が残り、それを消そうとしても消えないで今日に至っています。


「こうしょくじ」ではなく、「こうそくじ」と読みます



本堂前の紅梅



本堂横に立つお地蔵様

 五大堂明王


五大堂明王院への道すがら

コブシでしょうか?
花を開く準備をしていました



十二所のバス停から鎌倉方面に少々戻ったところにあります。



むくの木製の門が向かえてくれました。



本堂が正面に見えます。



本堂側面


本堂(左手)前


庫裏の前の紅白梅は見事でした


庫裏前の紅梅

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